2006年06月27日

アトラス

世界的に自由主義のネットワークを構築し続けている

Atlas Economic Research Foundation


以前、リーダーシップ研究所を載せたいといわれ

記事を書いた。

いつ載るのかと思っていたらすでに5月の時点で載っていたようだった。

トップページのどこかに出ています。

探してみてください。


posted by ひろっき at 15:45| 千葉 ☁| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

暑い一日

昨日、吉田寛教授にご協力いただき
千葉商科大学の学生に
リーダーシップ研究所のご案内をしてきました。

人前で話すには、まだまだまだといった感じです。
声はどもるし、話しているうちに頭が真っ白になる。
練習が必要です。

その後、五反田で行われた熱気あふれる山元学校にも参加しました。
参加者の活動紹介でお話をさせていただく予定だったのですが
時間の関係上話ができませんでした。
残念。

明日は、日本税制改革協議会のSさんとともに議員会館へ
勉強会のチラシ配りに行ってきます。がんばります。

それにしても、もう夏の陽気ですね。
冬用のスーツはもうしまわなくては。
posted by ひろっき at 13:32| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月11日

風邪が猛威を振るう

今週末は風邪で大変でした。
のどは痛いし、頭痛はするし、
ふらふらでした。

この風邪。私の周りの人たちを巻き込み
猛威を振るっています。

そういえば、Leadership Instituteにいるときも
同じ様なことがありました。

皆バタバタと倒れて、家の中にいる人半分が
休んだこともありました。

気温の変化が激しい今の時期、
皆さんもお体には気をつけて。フリーダイヤル
posted by ひろっき at 11:23| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

リーダーシップ研究所

mixiに「リーダーシップ研究所」ドコモポイント
を作りました。講師、生徒のみならずどなたも参加できます。
コミュニティ検索で「リーダーシップ研究所」と探していただければ
見つかると思います。

もし、mixiをやられていない方で
入会したい(無料)という方は、
ご紹介させていただきます。
ので、ご連絡ください。
posted by ひろっき at 09:53| 千葉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

自由主義とは?

英文の翻訳をしていると、日本語の定義に困ることがある。
今回それにぶち当たった。ふらふら

リベラリズム。この言葉を日本語に訳すと自由主義ということになる。
しかし、いくつかこの「自由」を使う思想には似ている言葉があって、
少し違うだけで全く違う意味になってしまう。
自由を求めるということを前提として、表現しているようだがその手法はまったく別だ。

例えば、

 自由主義(リベラリズム)・・・個人の自由で独立した選択を実質的に保障するためには、単に自由放任にするのではなく、そうした選択や自由を阻害する偏見や社会的、経済的強制を排除するなど公的な権力の介入も必要であるという社会的公正を思考する思想。市場主義では失業問題や貧困等の社会問題を解決できず、それは人々の社会的自由を阻害するということから、国家による富の再配分を肯定する。つまり、社会主義的ですね。

 古典的自由主義・・・個人の自由の尊重、平等な個人の観念、権力の分立、市場経済の承認といった価値観の思想自由市場経済において個人が自由競争すれば、需要と供給、社会は安定する。

 リバタリアニズム(自由至上主義)・・・各個人の自由を最大限尊重し、絶対的自由を損なう国家を廃止または最小限化することを主張する思想。経済的には市場原理に任せれば富の再配分が自動的に行われ、安定した社会ができる。(古典的自由主義ととても似ている)

 新自由主義・・・人々を労働へと駆り立てることを是とし、自由主義の富の再配分により人々の勤労意欲を出すということを否定している。(反自由主義、リベラリズム)

 アナルコ・キャピタリズム、アナーキズムなどほかにもいくつかあるが、それぞれ「自由」の実現のためということなのだろうが、これらの意味をしっかり理解しなくては、とんでもないことになりそうだ。


 また、アメリカ政治においての共和党のコンサバティブ民主党のリベラルリバタリアン党のリバタリズム。この3つもなかなか厄介だ。

私の考えでは、コンサバティブは、経済面において新自由主義、古典的自由主義、リバタリアニズムな思想を持つ。リベラルは、経済面において自由主義だが、社会面においてはよりリバタリアン的。
つまり、
経済的自由を求めるのが、コンサバティブ。
社会的個人の自由を求めるのが、リベラル。
そのどちらの自由も求めるのが、リバタリアニズム。


日本が求める自由とはいったいなんでしょうか?
posted by ひろっき at 12:14| 千葉 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月25日

ホードー

昨晩日テレのニュースでこんなことを伝えていた。

中国国内のメディアの競争が過熱しているという。
各テレビ局では、最新ニュースを伝えようと事件や事故があると
現場にクルーを送り、他よりもいかにして数字を取るかを考えているようだった。

ところが中国には生放送というものはない。
収録を終えると、編集局長やら局長がチェックをし、
放送できない内容はカットする。
つまり、中国共産党の路線から離れるようなことは自主規制という形で
報道していないようだ。

共産党中央宣伝部というところがテレビやインターネットなどのメディアを監視し、統制を図っている。
なので中国内部で起こる共産党に背く事件は国内では報道されていない。
真実を伝えるのは国外のメディアのみらしい。

コメンテーターは「民主主義においては報道の自由が重要です」といっていたが、それはもちろんのことだ(中国は民主主義国か?)。


あれ?上の一部を除き「中国」を「日本」に代えたとしても
成り立つのではないか?
では、日本のメディアはそんなに真実を伝えているのだろうか・・・・
よくこんなことをニュースで流せたものだ。


日テレのアナウンサーの盗撮事件のように自分たちの路線から外れることを隠蔽するなんてやっていることは全く中国と同じではないかな?これこそ「名は体を表さない」ってことかな?


話は変わり、7月のモートンブラックウェル来日のための同時通訳を探している。いくつか見積もりをいただくのだが、料金がピンきりで基準というものがよくわからない。あと1ヶ月ちょいしかないので急ぎたいところもあるが急げないところもあってすこしデッドロックです。
posted by ひろっき at 17:37| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

北朝鮮へ

訪韓している「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の
横田滋代表(73)らは15日、
ソウル市内で脱北者が運営する北朝鮮向けラジオ局
「自由北韓放送」を訪れ、
横田めぐみさんら拉致被害者の帰還を北朝鮮に訴える
ラジオ番組を収録した。

日本国内でも特定失踪者問題調査会が北朝鮮向け
短波放送として「しおかぜ」を開局していたが、
北朝鮮からの妨害電波(ジャミング)によりそれが
滞ってしまっている。
(何らかの危機感があるのだろう)

私のアトラスつながりの知り合いである
「開かれた北韓放送」(自由北韓放送とほぼ同じ活動をする)
の責任者のYoung Howardは、
「海外のラジオを聞いている人は1%(約20万人)もいるんだ。
同じ民族として北朝鮮人の人権を守るために
私たちは活動を続けていく」といっていた。
http://www.dailynk.com/english/read.php?cataId=nk01100&num=548

それにしても海外の放送を聴くのはもちろん違法だが
そこまでしても他国にアンテナを張る彼らは、
いったい自分の国(北朝鮮)をどう思っているのだろうか?

また、ロシア、中国からのラジオの大量持込。そして、
アメリカ側も北朝鮮にラジオを送り込むという計画があったらしい
(今はどうなっているか知りませんが)。


市民主体のラジオ局がこれからの極東の平和をもたらすのだろうか?
彼らには当分目が離せそうにない。

ちなみに「自由北韓放送」と「開かれた北韓放送」は共同して北朝鮮に
このような放送を行っています。
posted by ひろっき at 11:45| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月19日

法律の網目

アメリカからの講師を迎えるにあたって
彼らに日本の選挙法を知らせる必要がある。

アメリカのファンドレーズやキャンペーンの手法は
日本と比べかなり自由だ。

授業でも 「これをしろ!!」
とよく聞いていたが 「これはだめ!!」とはあまり聞かなかった。

アメリカの手法を日本にそのまま当てはめることはできない。

アメリカのテクニックを盛り込み、且つ法律の網を抜けてできるものを
探さなくてはならない。

今日は某所にて公職選挙法と政治資金規正法の話を聞きに行った。
それにしてもなんとAmbiguousな法律だろうか。たらーっ(汗)
posted by ひろっき at 19:16| 千葉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月13日

事務局日記開始

今日からリーダーシップ研究所事務局日記として
またブログを再開することにする。目

アメリカのLeadership Instituteにいるころは、毎日ブログを書いていた。
それが日課となっていたため日本に帰ってきてまた書き始めるのは
何か懐かしい感じがする。
(まだ帰ってきて一ヶ月もたっていませんが・・・)

明日、日曜日の講義に向けてとある就職企業合同説明会の会場に行き
ビラ配りを敢行する。
手(パー)
さて結果はどうなるだろうか
posted by ひろっき at 00:27| ワシントンDC 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

FAREWELL

現在夜の4時を回り、
やっとのことでパッキングを終えパソコンに向かっている。
アメリカインターン生活最終日の今日は本当に長かった。
もうクタクタです。
この日記でひと区切りつくと思うと、
安堵感とともになにか物寂しさを感じる。
今までの人生で日記を書くというのは初めてだったため、
見ている方にとってはとても見づらかったかもしれませんが、
今更ですがそこのところご理解ください。

ここワシントンの天気は変わりやすい。
寒くてコートが必要だと思う日もあれば,
いきなり次の日に半袖でなくてはいられないほど
暑くなることがある。晴れ曇り雨雪
前夜に暖房をかけていたため今日の朝の暑さがいっそう応えた。
その暑さのため目覚ましは必要なかった。
いつものようにシャワーを浴び、
いつものように朝食を食べる。
このいつもの生活が今日で最後かと思うと寂しい気がする。
インターンの1人が車でLIまで送ってくれた。
その車中、彼はわざとらしくこんな曲をかけた。
「I need a Hero〜♪・・・・・」CD
スクールウォーズのテーマソングですね。
それにあわせて私以外に乗っていた3人が
「I need a Hero〜」と歌ってくれた。
LIではこの歌が私のテーマソングと化しています。
以前までちょっとウザッタイと思っていたのですが、
今日はちょっと目頭が熱くなりました。もうやだ〜(悲しい顔)

仕事はないのですが、デスクの片付けのため、
そして12時からHeritageにみんなで行くため出勤?した。
やることがないので、あいさつ回り。
残念なことに、モートンは今日は出張で、
オフィスにいないらしい。
他の人とは写真を撮ったのだが、
結局モートンと2人で撮った写真は一枚もないことが発覚。
一番とるべき人と撮っていないなんてなんて大失態なんだ。がく〜(落胆した顔)

Heritageには、Dr. Lee Edwardsという人の話を聞きに行った。
ここで一緒に話をしながら食事をするのだが、
出てきたのがシカゴピザ。
深みのある生地にたっぷりとチーズが入っており、
半分がチーズでできていて、とてもグリースィー。
「好きな食べ物はピザ」、
また「めったに食べ物は残さない」のだが、
残してしまった。このピザはちょっと曲者だ。
Edwards氏はレーガン政権にとても精通している。
こんなことを聞いてみた。

「アメリカグラスルーツはなぜ今のようにお互いが協力し合い、
大きくなっていったのですか?」犬
その答えは、レーガンにあるということだった。
レーガンは、彼らグラスルーツをお互い統合させるために、
電車やバスを使って自分の足で全米中を説得して回ったらしい。
それも8年間。
Remember it’s a long ball game!!とはまさにこのことだ。手(グー)

LIに戻ると、ボスたちが夕食に招待してくれた。
ただ残念なことにジェームスからの誘いがあったため
断らなくてはならなかった。
「いつそこには行かなくてはいけないんだ?」
「6時半だろ。まだ時間がある」
「急いで準備しろ」
そんなこんなで短い時間でのみに行くことになった。
場所はLIの反対側にあるビルの一階のスポーツバー。
一度いきたいと常々思っていたのでよかった。
水曜はすべてのビールが2ドル。
食べ物も2ドル。
しかもうまい。
今まで行かなかったのが残念だ。
「いつでも連絡してくれ、協力するぞ。
ヒロは、最高のインターンだった」
お世辞であってもうれしい一言です。もうやだ〜(悲しい顔)

急いで、ジェームスとの約束の場所に向かった。
その場所とは、またもやHeritage。
しかもその屋上。
一体何をするのか説明を受けていなかったので
何が始まるのか緊張していた。
入場料5ドルを支払い、
ビールとピザを自由に食べていいといわれたのだが、
昼食にHeritageで食べたピザが思い浮かび、がく〜(落胆した顔)
ビールだけいただいた。
ジェームスは30分遅刻して現れた。
そのネクタイは私とまったく同じ柄のアダムスミスタイ。
ちょっとお互い困ってしまいます。
この時点で、先のビールもあったため
けっこう酔っ払っていました。ビール
この会は毎月行われていて、
その度毎にスピーカーが来て話をするということでした。
ジェームスによるとここにいるほとんどの人が
アメリカの税制のスペシャリストだそうだ。
そういわれると、ちょっと一般人とは違った雰囲気をかもし出している。
この会のあと、出席者たちと食事に行った。
これも毎回の行事の一つらしい。

家に帰ってパッキングやら話やらをしなくてはならないので
早めに家路に着いた。
明日は、朝からフェアウェル・ブレックファストを開いてくれるらしい。(あと1時間後ですが)たらーっ(汗)


今まで私のブログ「ひろっきのWashintonDCでインターン」をご覧になってくださった皆様、まことにありがとうございました。Leadership Instituteの経験を元に、リーダーシップ研究所の一員として、尽力する所存でございます。まずは3日後の開校。そして7月のモートン・ブラックウェルの来日などに向けて、活動を続けていこうと思います。田中甲リーダーシップ研究所代表をはじめ、内山優JTR会長、吉田寛自由経済研究所所長またその他多くの方々に、これからもご迷惑をおかけすることがあるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

                   2006年4月20日 福田弘樹
posted by ひろっき at 17:26| ワシントンDC ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

仕事終わりとNY

今日は朝からオフィスが騒がしい。
「カメラ、カメラ」そんな声が遠くから聞こえる。カメラ
私はそんな言葉を気にせず、
いつものようにパソコンに向かっていた。
するとメーリングリストで写真が回ってきた。
先ほど誰かオフィスに来たらしくそれで騒いでいたようだった。
その写真には見覚えのある顔が写っていた。
彼が一体何のためにきたのか分からないが、
そのざわざわしているところに行くべきだったと
今は後悔している。
そのLIに来たという人は、コリン・パウエル前国務長官。目

それにしても仕事が最終日である今日は、
ほとんどやることがなかった。
デスクを片付けたり、
LIのビル内を歩き回ったりして一日を過ごした。
たった3ヶ月しかいなかったのに結構な量の資料がある。
一度日本に送ったのだが、それでもまだ残っている。
すべて持ち帰れるだろうか?
私の衣服の一部がアメリカに残るような気がする。飛行機ダッシュ(走り出すさま)ブティック

LIのデータベースの中に
去年の夏のインターンに申し込みをした人のリストを発見した。
申込人数100人以上。
落ちた人はいないということでしたが、
どうやら違うようです。
そういえば、ここのインターンは
10人のアメリカ人と
2人のインターナショナルという形が毎回ずっと保たれている。
良かった。今ここにいれて。
お世話になった方々のおかげです。
ありがとうございます。バッド(下向き矢印)

明日午前中にHeritage Foundationに
LIのインターンとして話を聞きに行く。
スピーカーは、Lee Edwards。http://www.heritage.org/About/Staff/LeeEdwards.cfm
LIのインターンはホント最高だ。わーい(嬉しい顔)
いろいろな人と出会える。
つくづくそう思う。

礼状を送ったJames氏から返事が返ってきた。
明日、前ブッシュ大統領の税制改革アドバイザーで、
現議会経済アドバイザーの人と会うから、
一緒に来ないかというお誘いを受けた。手(チョキ)
場所はこれまたHeritage Foundation。
明日はHeritageとLIを行ったりきたりすることになる。
仕事がない分よいのだが、パッキングをぜんぜんしていない。がく〜(落胆した顔)


ニューヨークのホステル

出発前日に予約をしようとしたため
空いているホステルはひとつしかなかった。
その名はGlenwood Hostel。

ここのビジター評価は最下位で、他のどのホステルとも違い、
明らかに低い。
60点が平均なのに、ここは25点。
何かおかしい。
でも選択肢がないのでここに決めるしかなかった。

場所はマンハッタン島から少し外側にあるところ。
駅周辺には白人の姿はなく、
黒人かスパニッシュ系の人しかいない。

ホテルのある場所には電灯がない。
何語か分からない言葉で話しかけてくる。こわい。
しかしこんなのは、ほんの序章にしか過ぎなかった。

ホテルに行き、部屋に案内された。
畳一畳分の部屋にベッドがあるだけ。
天井は金網が乗せてあり、容易にはずすことができる。
隣との部屋の仕切りは、薄いベニヤ板!
鍵はちゃっちい南京錠。
トイレとシャワーはもちろん男女共同。
最悪なことにどちらにも鍵がついていない。
紙もないし何よりも汚すぎる。
妙な鼻を突くにおいと大音量で流されている音楽、
そして電車の音に悩まされる。
住人たちはまるでホームレスのようだ。

二日目はさらにひどい。
右隣の部屋で真夜中にけんかを始めたらしく。
ものすっごい罵声の嵐・・・。
部屋が仕切り一枚のため、
まるで自分の部屋で行われているようだった。
なんどFU○Kという言葉を耳にしたか・・
警察が来て大変な騒動だった。がく〜(落胆した顔)

一体いつになったら彼らは眠るのか?
眠らないニューヨークで
眠れない日々を過ごした。。。

ニューヨークで最下位なら世界で最下位なのかもしれない。
今までいろいろなところに泊まったことがあるが
こんなことは初めてだった。

度胸がある人にはぜひとも泊まっていただきたいホステルです。
経験としてはいいかもしれませんが、命の保障はできないですね。わーい(嬉しい顔)
posted by ひろっき at 13:20| ワシントンDC ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

LI&Atlas とNY

ここに来てもうすぐ3ヶ月。
私がいたこの間にLIとAtlasの距離がとても親密になった気がする。
初めの一ヶ月間はまったくLIでAtlasの事を聞くことはなかった。
Atlasのことを話しても誰も知らなかったくらいだ。
しかし最近になってLI内でAtlasの文字をよく目にする。
先日のWake up Breakfast Clubでの
AtlasのWilliam Dennisの講演もそうだが、
今日もAtlasの存在を偶然発見した。

隣にいつもいるコニーは先週からずっと休み
(家で働いている)
なので私の作った来日の日程表や、
チェックをした資料などを
彼女のデスクに置いておくことにしている。
誰もいないデスクに、
資料だけがたまっていく。

ふと見ると、
モートンがコニーに渡した資料があった。
そこにはコロラド・スプリングで行われる
Atlasの会議の案内があった。
コニーがこの会議に出席するのかどうかは分からないが、
モートンはそれを希望しているのは確かだろう。
そういえばこの会議の期間中は、
コニーはどこかに出張に行くと聞いた。
これからのLIとAtlasの関係はちょっと目が離せない。

水曜日は、Heritage Foundationにいくため、
事実上明日が最後の出勤だ。soon

あいさつ回りでもしよう。犬バッド(下向き矢印)


ニューヨークのバス

行きのバス

ニューヨークまではバスで行った。
片道20ドル。往復35ドル。
他の交通機関と比べるとかなり安い。
4時半のバスに乗ることにした。
バス停に行くと大型バスの前にみすぼらしい格好のおじさんがいた。
その人に予約したときのメールのコピーを見せると、
このバスだと案内された。
このとき4時10分。
バスはほぼ満員状態で、乗れるのが私ともう1人くらいだった。
みんななぜこんなに早くに来ているのだろうか?
バスにのって出発を待っていると
後から後から人がバス停にやってきた。
そして彼らはがっかりした表情でそこに並び始めた?
どうやらこのバス、
たとえ予約をしてその時間に来ても確実には乗れないらしい。
一体どういう仕組みになっているのか?
まあとにかく早く来て正解だった。

バスの中は満員。
もちろん各自席は設けられているのだが、
その狭さには驚愕。
普通に座った状態でひざが前のいすに当たる。
どうも身動きが取れない。
前の人がシートを倒したせいでその状況が悪化。
もう普通の姿勢では座れない。
足を上げているか横に曲げるしか選択肢はない。
その状態で3時間半・・・
眠ることも許されずニューヨークに着いた。

帰りのバス

ワシントンからのバスのことを考えて、早めにバス停に行くことにした。
その場所は、少し中心地から離れていて、
分かりづらかったのでタクシーを使った。
しかし、あのたくさん目にするタクシーも
よりによってこんな必要なときに限って見つからない。
やっと乗れたタクシーの運転手にその地図を見せると、
「今日が初めてだから良く分からない・・・」
2台目の運転手に見せると難なくその目的地まで連れて行ってくれた。
といいたいところだが、
まったく違うところに連れてかれてしまった。
一体なんなんだNYのタクシーは?
怒りとともにもう時間を過ぎてしまったことに焦りがあった。
どうやってこれからワシントンまで帰ろうか?

電車か?
新しくバスを予約するか?
もう一晩過ごすか?

とりあえずバス停まで行ってみようと思い、
また新たなタクシーを捕まえた。
タバコを葺かせた50代くらいの人で正直一番たちが悪い。
ケンカ口調で話し、たばこの灰を外に捨てながら走る。
後部座席の窓が全開なためその灰は私めがけて飛んでくる。
まったく自分しか考えていない様子。
ただそんなたちの悪い運転手でも
ちゃんとバス停まで連れていいてくれた。
この状況下、そんな運転手でも天使のように見えた。
あきらめて持っていった時間の過ぎた予約の紙を持っていくと、
すんなりとバスに乗せてくれた。
ほんと一体どんな仕組みなんだ?

帰りの道中、インターチェンジで10分間休憩時間が設けられた。
その短時間で食事しようとピザ屋に向かった。
そこには5人くらいの列があるくらいで
それほど混んではいなかった。

頼んで5分。
まだ出てこない。

ピザなんて焼きあがったものをまた温めるだけじゃないか?
と調理場を見てみると・・・・焼いている。
しっかりと生地から焼いている。
こんなときにありがた迷惑だ。
もう10分経った。

キャンセルしようか?
もう少しまとうか?

そう迷っている私に、
あっつあつ、出来立てのピザが渡された。
即、走ってバス停まで向かった。
外に出ると、そのバスが動き出している。
全力で走った。
これ以上走れないくらい走った。
ピザも箱の中で暴れている。
走っているバスを叩いて停車させ、
ようやく乗ることができた。

もし10秒、いや5秒遅かったら私は乗り遅れていただろう。
posted by ひろっき at 13:17| ワシントンDC ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

最後の休日とNY

今日、4月16日(日)は、このインターン生活で最後の休日。
もともと、イースターの集まりに誘われていたのだが、
どうしても町をもう一度見たく
その誘いを断って一人で観光に行った。バス
まずはジョージタウン。
ジョージタウン大学からバスで5分程度で
レンガ造りの町並みが見える。
以前は、タバコ流通の港として栄えていたが、
今はショッピングストリートと化している。
日曜ということで、たくさんの人でにぎわっていた。

当たり前なのだが平日と休日の市民の服装はまったく違う。
とても硬いイメージのあるワシントンD.C.だが
休日はやはり休日だ。チケット

軽くショッピングをしたあと、
Mall(スミソニアンやらモニュメントがあるあの広場です)
まで歩いていくことにした。
ポトマック川沿いを南下していく。
桜の木があったのだがもう散ってしまっていたのが残念だった。
もしあと一週間早ければ満開の桜が見えたかもしれない。
DSC01090.JPGDSC01088.JPGDSC01082.JPGDSC01083.JPGDSC01085.JPG
現在となりのリビングルームで
議論というか言い合いが行われている。
内容は
A「神が自然災害を起こしている」 
B「自然が起こしている」台風

一週間前のニューヨークのエピソードをすべて書くと
半日くらいかかりそうなので今日はまずその一片を。

ニューヨークであったリッチ夫妻

ニューヨーク二日目
私は、リッチ夫妻から昼食を誘われ、
約束のイタリアンレストランに向かった。
外はあいにくの雨。雨
傘を差さなくてはいけないのは旅行者にとって最悪だ。
風景は見えないし、なんと言っても邪魔だ。
15分くらい前に着き、雨の降る中、彼らを待った。
時間丁度にHowieさんが現れた。
Andreaさんは、買い物に行っているらしく
先に食べていてくれということだった。
とりあえず水だけを頼み、
しゃべって待つことにした。
どうもRich夫妻は若い人材を必要としていて、
私のつながりからLIに誰かいい人いないだろうかと尋ねてきた。
5分くらいその話をしていたときにAndreaさんがやってきた。
私に小さな自由の女神像をくれ、
いろいろと旅の相談をしてくれた。わーい(嬉しい顔)
どこに行くべきとか、
そこまでの行き方など事細かに教えてくれた。

この夫妻、とても仲がいいのだが
権力は完全に奥さんのほうにある。
ここにいくべきだとAndreaさんが言うと、
Howieさんが賛成する。眼鏡
Howieさんの案がだめだとAndreaさんが言うと
素直にHowieさんは従う。眼鏡
私が、社会問題に対する意見を聞きたいといって、
いろいろと尋ねたときなど面白かった。
例えば堕胎に関しては、
夫妻の考えは違ったのだが私がAndreaさんと同じ意見だといったら、
「ほら見なさい。2対1よ。あなたの負けよ」
「・・・・・・・・(Howieさん)」。
何か逆に私が反応に困ってしまいました。

その他、京都での話、LIJの話、LIの話、
イミグレーションの話などなど話はつきませんでした。次項有
「また日本に行くときは、ぜひまた寄らせてもらうわ」と。
DSC00961.JPGDSC01008.JPG
posted by ひろっき at 14:21| ワシントンDC ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

韓国のLeadership Institute

韓国において同じような政治家教育機関が発足した。
彼らは、3月にモートンを韓国に呼んだ。
そのときの記事を偶然発見してしまった。
それにしても報道をしてはいけないという約束を交わしていたにもかかわらず、流しているのはどういうことだ?ふらふらhttp://www.konas.net/article/article.asp?idx=8247
日本語に訳すと内容はこんな感じです。

韓国版リーダーシップ研究所(Leadership Institute)を志向する 『ニューライト 牧民政治学校』が 2日午前ソウル汝矣島全国経済人連合会館で創立式を行い、本格的な授業体制に入っていった。

ニューライト全国連合が発足する‘牧民政治学校'(学校長、金真紅牧師,ニューライト全国連合常任議長)’の開校式にはハンナラ党の金文殊,迫真,朴季冬議員など,北朝鮮民主化フォーラムの李東復代表など、またその他市民団体たちが参加した。金文殊議員と朴季冬議員は受講生で参加した。

アメリカの保守リーダーと運動員養成機関であり、また 牧民政治学校のモデルであるリーダーシップ研究所(Leadership Institute)のモートン・ブラックウェル会長が挨拶をした。

この日 牧民政治学校長である金真紅牧師はあいさつの言葉を通じて「わが国民は資質はすぐれるがリーダーがなくて選挙をする度にいつも失望と挫折を味わった」と 「これからはリーダーがいないせいばかりするのではなく、この地の政治社会など各分野で統一韓国世代を導く右派改革勢力を育てよう」と力説した。

金牧師は 「牧民政治学校を韓国の元気な保守勢力を育成する教育機関にしたい」と言いながらこれからの抱負を明らかにした。

この学校の 1期受講生でもあったハンナラ党金文殊議員は祝辞を通じて 「去る二度の大統領選挙失敗の後、どうして決して負けてはいけない選挙で負けただろうかという考えのため政界引退まで考慮した」。「牧民政治学校が大韓民国の自由民主主義と市場経済の理念を伝えていく学校になることを望む」と言った。

彼はまた「アメリカの右派運動養成機関である Leaders Instituteで自発的募金を通じる教育を通じて選挙運動,得票戦略,選挙キャンペーンなど右派勢力の勝利のための緻密な計画を立てていることを見てどうしてこのようなものが大韓民国にはないか切なかった」。 「こんな渦中に全国連合が牧民学校を開設するようになってすごく嬉しい」と積極的な支持意志を打ち明けた。

アメリカ Leaders Instituteのブラックウェル会長は「大韓民国は歴史上すごく成功した過去を持っているが国家の繁栄が永遠に保障されない」と南米の例を取り上げて,特に進歩の声が荒い韓国状況に対して 「アメリカも 30〜40年前には保守の声が弱かったが、ひるまず保守養成運動を進行した結果、保守がアメリカ社会の中心になった」と全国連合関係者たちに力を与えてくれた。

牧民政治学校は 2日から 5日まで アメリカ Leadership Instituteのブラックウェル会長など 4人の専門講師逹が選挙運動,大学生活動などに関する特別講義を開催した。以後,6日から '地方自治リーダーシップ過程'と 'ニューライトリーダー過程' 講座を始まりに本格的な正規教育に入っていく。.

翻訳サイト使用。校正ひろっき。要所抜粋。

今日は北斎展に行ってきました。
日本にいては見られない数々の
作品に驚きました。それにしてもその数には驚かされる。
長命だったということもあるのだろうが、
展示されているだけで
ゆうに100点を超えている。
一体どれだけの作品を後世に残しているのだろうか?
まさかアメリカでこれだけの作品に出会うとは思わなかった。
本当に彼は日本の宝だ。わーい(嬉しい顔)
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2006年04月15日

Good Friday

今日はグッドフライデーでLIは休みです。演劇
グッドフライデーとは、復活祭(イースター)直前の金曜日で
キリストが処刑された日とされているそうです。
ほとんどの会社は、この日が休みになったり
午前中だけだったりします。
それにしてもなぜ処刑された日を「グッド」というのでしょう?

なので、私は家でのんびりと遅くまで寝る・・・眠い(睡眠)
・・・とはいきません。
この日を利用してNational Taxpayers Unionの
ジョン・ベサッドに会いに行った。
NTUでもこの日は早く終わるらしく、
会える時間はわずか20分しかないといわれたが、行くことにした。
会長から預かったプレゼントを片手に、
今年の私たちのプランを話しにいった。電車電車電車
それにしても受付のにいちゃん、
政府問題マネージャーのクリスティーナ、
副会長のピート、
会長のジョン、
私が会ったここのすべての人たちは、
とてもよくしてくださる。
メールでやり取りをすることが多いのだが、
返事がすぐ返ってくるし、
一度だけしか会っていないのに覚えてくれている。目

ジョンの口癖は「テリフィック!!」。
話の中に何度も登場してくる。
特にニューヨークヤンキースの話をしたときは連発していた。
彼はかなりのヤンキースファンで、
壁に飾ってある4年前のワールドシリーズのチケットを自慢げに見せ、
そのときのことを熱く語ってくれた。
その顔は、LIで講義をしているときの何倍も輝いていた。
帰る際に、
「これから何かあったらいつでも連絡してくれ。
協力させてもらうよ。」
と言ってくれた。
そういえば、なぜかここで会う人は、
髪の毛がある人よりない人のほうがとてもよく接してくれる。

        髪の毛と 人の優しさ 反比例    ?ペン
DSC01049.JPG
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2006年04月14日

2回目の国際会議

月に一度のAltas国際会議に参加した。イベント
今回で二回目。
ただ今回の会議は少し前回とは違った。
スピーカーの1人にグローバー・ノーキストがいた目
国際会議にグローバー・・・。
まさかとは思っていたがJTRがそこで紹介されることになった。
DSC01046.JPGDSC01045.JPG
10時に始まり、11時半に終わるこの会議は、
進行形式は少し異なるものの
ATRのWednesday Meetingがモデルになっている。
スピーカーが前に座り、
それぞれの国や組織の説明や紹介が行われる。
今回のスピーカーは、ATRのグローバー・ノーキスト、
CATO Instituteのイヴァン、
チリのデサルノ大学のオスカー
(ちなみにインターンにいたチリの女性は現在この大学で働いている)、
他2名。

始まる時間になってもグローバーは姿を現さなかった。
進行役の会長アレックスは困った様子だったが、
時間通り進めることになった。
4人目の話の途中にグローバーは会場に現れた。
いくつかの資料を配り、話を始めた。
内容は、ATRと提携した世界中のフリーマーケットを推進する会議の紹介。
配られた資料の中には日本のJTRの姿があった。exclamation
世界に日本を含めこういった会議が9つ開催されている。
日本以外はすべてヨーロッパなので日本の姿がとても強調されていた。
「確か日本では4年くらいやっているのかな?」
と私にいきなり話を振ってきた。がく〜(落胆した顔)
会場にいたすべての出席者が私のほうを向いた。
4年?
97年に設立されたはず・・
ならば9年なのでは・・
ただ水曜会が始まったのが設立された時期と同じとは限らない・・・「It`s ・・・・」と考えていたら、
「・・・まあいいや」と流されてしまった。
しまった。
答えられなかった・・・。
すみません・・・。もうやだ〜(悲しい顔)

彼の話が終わり、隣に座っていたJoが
6月にサンフランシスコで開かれるアジア会議の連絡をし始めた。
このときに配っていた資料にもJTRのM氏の名が載っていた。
「アジア各国、15カ国が参加する会議ですのでぜひ参加してください」と、とくにJTRの説明はなされなかったが、
ついさきほどJTRの話が出たため、
そこに載っているJTRはやけに目立っていた。
・・・と感じた。

この会議場は、終わると名刺交換の場に変わる。ダイヤ
今回は、JTRの名が出たため何人かの人が私によって来た。
そのなかでも、特に韓国人の2人が興味をもってよってきてくれた。
1人が北朝鮮に向けて短波放送のラジオを開設しようとしている
Young Howard。携帯電話
もう1人が、北朝鮮の実情を韓国に伝えるNKnetの記者
Kwon, Eun kyoung。メモ
モートンが韓国に訪れたときのことも知っていて、
リーダーシップインスティテュートにもとても関心を持っていたらしく、
ATRとの関係や、日本のJTRやLIJを記事にしたいといってきた。
(私の一任ではないから分からんと答えましたが・・)
どうしてもLIを見たいということで仕方なく少し彼らを案内した。
彼らは、韓国の学生教育機関(New Leaders Club)
ともつながりを持っているらしく(ちょうどCLPのようなもの)、
アメリカのCLPを韓国に持ち帰りたい、
韓国人をアメリカのCLPに参加させたいらしい。飛行機
そして日本とも協力してできたらいいと語っていた。
これからも君と連絡を取り合っていきたいという申し出に
OKをしたのだが、
早速私のメールボックスに質問がいくつか届いた。
困ったことにやることがまた増えてしまった。たらーっ(汗)
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2006年04月13日

グローバー・ノーキスト×3

私の毎週の行事となったWednesday Meetingに向かった。ダッシュ(走り出すさま)
今回のトピックの中心はイミグレーションと相続税。
それにしても自分が死んだら資産の半分を払わなくてはならないなんて
なんてなんてばかげた税だろうか?
携帯電話代の3%に含まれる米西戦争のための税金と同じように、
払う理由が分からない。
なんてナンセンスなんだ。足
これでは「金持ちも孫の代には貧乏」なんて本当にありえる話だ。

今日、アメリカのTax Freedom Dayが発表された。カラオケhttp://www.taxfoundation.org/

収入とその課税額から策定されるのだが。
今年は去年より3日延びて4月26日。
2004年からは10日ほど伸びているらしい。
州別に見てみると、一番遅いのがコネチカット州の5月12日。
そして、ニューヨークの5月9日、ニュージャージーの5月6日と続く。
一番早いのがアラスカ州の4月12日。
そしてミシシッピ州の13日、オクラホマ州の14日。
週によって一ヶ月も違うのが面白い。
・・・いや面白くない。バッド(下向き矢印)

コニーと打ち合わせをしたいところなのだが、
彼女も忙しくなかなかつかまらない。
私自身もいろいろとやることがあったため、
今日は10分程度しか話せなかった。
進展したことといえば
日本に来る講師陣がほぼ決まったことだ。演劇

Morton Blackwell LI会長
Connie Marshner LI職員
Mike Rothfeld SABER会長
Dan Hazelwood Targeted Creative Communications会長
の4人。
マイクとダンはヴァージニアにオフィスを構えているので
できることなら一度お会いする必要があるだろう。手(パー)

明日は、月に一度のAtlas Foundationの国際会議。iモード
スピーカーは・・・

Grover Norquist (Americans for Tax Reform)
Michelle Jeffress (The Fund for American Studies)
Oscar Cristi (Universidad del Desarrollo, Chile)
Khairi Abaza (Foundation for Defense of Democracies)
Ian Vasquez (Cato Institute)

なんと3日連続でグローバー・ノーキストと顔を合わせることになった。猫
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2006年04月12日

モートンとグローバー

7月のモートンたちの来日に備え、打ち合わせを行った。
コニーと2人で行った。
アメリカと同じ内容の講義を行ったとしても、
日本でそれがすべて通用するとはいえない。
特に、法律関連や社会問題に対しては
明らかにアメリカと日本では違いがある。
何を行い、何を切り捨てるかその具体的な内容を話し合った。
私は、キャンペーンリーダースクールも
キャンディデートスクールも一通り経験した。
何が必要なのか?何が必要でないのか?
ここは慎重にならなくてはならない。
韓国で行われた講義は、これがなされなかったため
うまくいかなかったらしい。
後一週しかないができるところまでは進めようと思う。グッド(上向き矢印)

それに加え、宿題が渡された。
モートンの本の日本語訳。
本といってもパンフレット程度なのだが
モートンにぜひ訳してほしいということで頼まれた。
日本に帰ってもアメリカとのやり取りはこれからもずっと続きそうだ。
そして英語とも当分離れることはないだろう。

次回のインターン情報を耳にした。
(インターンコーディネーターが隣なのでよく話を聞くのです。)
韓国から初のインターンが来るらしい。
女性でオレゴン大学の学生で
Youth Leadership Schoolに参加したこともある人だ。
以前彼らが韓国に行った際の組織と関連しているらしいが、
それにしても奇遇だ。
私もオレゴンで、去年一年間勉強していた。
世界は狭いものだ。

ATRの会長グローバー・ノーキストが
今日私たちインターンハウスに来る。
これが私にとって最後のスピーカーナイト
(ゲストが夕食を食べに、話をしに来ること)になる。
私が帰るすぐ前に来るとは・・・ありがたいことだ。

他のインターンたちも彼が来ることに、興奮をしている様子だった。
外に人影の姿が見えた。
彼がやってきた。
しかも奥さんを連れてきていた。
グローバーは今年で50歳。
その奥さんは彼よりもとても若く見えた。
そして何より美人だ。

彼が入ると緊張感が部屋中に張り巡らされ、
誰も話を切り出せない。たらーっ(汗)
そしてあのWednesday Meetingの姿そのままに話が始まった。
ATRが行っている誓約書についてとその成果。
Wednesday Meetingのことなどを語ってくれた。
また興味深い資料とともに話をしてくれた。

彼の話を一時間聞いた後に、質問の時間になった。
全員質問をひとつは考えなくてはならなく、
事前に用意していたのだが
その緊張した空気のためか誰も切り出さない。たらーっ(汗)
私が切り出した。
「いつどこでモートンとであったのですか?」
たったそれだけの質問にもかかわらずかみかみだった。
約30年前に彼がワシントンに来て、
NTUで働いていたときに会い、
それからの付き合いらしい。

彼の話を聞いていて気づいたこと。
彼は、かなりのアンチソビエト。
話のあちこちにソビエトの話をだしてくる。
フェアタックスかフラットタックスかということに関しては、
結局どちらでも低ければいいという考えを持っているようだ。
まるで小さなWednesday Meetingが行われているように、話が終わった。
さっさと帰る気でいた彼を引き止めて、
彼と写真を撮り、サインをもらった。
今までのスピーカーでこれほど緊張したことはなかった。ふらふら
DSC01042.JPG
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2006年04月11日

パームレストラン

James Lucierから誘われ、今日はワシントンで有名な
パームレストランに行った。レストラン
政治家が使うレストランとして知られ、
店の壁には彼ら(政治家だけではありませんが)
の絵がびっしりと書かれている。
もともとはイタリアのレストランだったらしいが
アメリカに進出して
今では全米でも数多くの店舗を持つ有名レストランになった。

待ち合わせは6:30分。
場所はATRから近い場所にあるため迷うことはないだろうと思い。
早めにはいかなかった。
6時に地下鉄に乗り、一つ目の駅を超えると・・
止まってしまった。電車
なぜかは分からないがワシントン全体で止まった、
もしくは遅れてしまっていたようだ。
という訳で時間には間に合わず結局6時50分に着いたたらーっ(汗)

彼は、入ってすぐのところで1人で飲み始めていたらしく、
まだ飲み物が残ったグラスを残し、
テーブルについた。
ここのお勧めは、ステーキとロブスターということで
どちらも一緒に頼んだ。手(チョキ)
その前にワインを頼んだのだが、
そのおかげで彼の薀蓄をずっと聞くことになった。
ワインの歴史やら、どこ産がいいやら、
あけて何分がいいやら・・。
とてもうれしそうに話す彼を誰も止められない。バー
食前酒のシャンパンを空けたころで料理が運ばれてきた。
その姿に絶句した。
そのロブスターの大きいこと大きいこと。
片手が自分の手と同じくらいあった。
ステーキも大きくて、皿でテーブルの上が
いっぱいいっぱいになってしまったくらいだ。

グローバーのことやプルデンシャルでのこと、
日光に来た時のことなどなど、
話した内容は様々でとても楽しいひと時を過ごした。
食事はその後デザート、食後酒、コーヒーと続き
もうお互いヘロヘロ状態。あせあせ(飛び散る汗)
帰りのタクシーのおっちゃんも日光に来たことがあるらしく、
なぜか3人で盛り上がってしまった。
DSC01038.JPG
昼間に会ったIHSのNigelさん。
DSC01040.JPG
posted by ひろっき at 14:38| ワシントンDC ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

ニューヨークから帰る。

今ニューヨークからD.C.についた。
やっぱりここのほうが私は好きだ。
書き残したいことが山ほどあるが今日は
つかれたこの体を休めます。

なんだかんだあったけど
いろいろと勉強になった旅行だった。
posted by ひろっき at 13:14| ワシントンDC ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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